大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(う)519号 判決

被告人 中村茂

〔抄 録〕

所論に鑑み、記録並びに当審における事実取調の結果を総合して考察すると、被告人は、

一 判示五月二十六日午後二時頃から新潟市太郎代、吉田政二方の家屋新築工事現場において、近藤秀雄外三名の作業員と共に型枠取外しの仕事に従事し、午後三時頃仕事を終り、右作業員らを犒うため、近所の飲食店たつみ食堂に赴き、午後三時半頃から同人らと酒類を飲み始めたのであるが、

二 元来酒量は左程多い方でなく、平素はビールならば三本前後で酔いを催す程度であるところ、同日は、仕事が早目に終つて一段落し、自己が作業員らを犒う立場にあり、且つ飲酒後帰宅する際には妻幸子が自動車で迎えに来て呉れることに成つていたため、羽目を外して痛飲し、同女が判示自動車を運転して迎えに来た午後五時頃までの短時間内に、平素の酒量を遥かに越えるビール数本及びウイスキー角瓶約二本を立て続けに飲み、その結果酔いが一度に廻り、意味の判らぬことを喚き立て、身体の自由を失い、立つても直ぐ手をつくような高度の酩酊状態に陥り、

三 迎えに来た妻幸子から帰宅を促されても、それが誰であるかも判らず、一向に動こうとしなかつたため、同女に引つ張られ、たつみ食堂前の道路に駐車させてあつた判示自動車の助手席に押し込むようにして乗せられたところ、突然運転者席に移り、ハンドルに俯伏になる恰好でしがみつき、同女が制止するに拘らず、自分が運転すると言つて聞き入れず、同女がやむなく助手席に就き未だ扉を完全に閉め切らぬうちに自らエンヂンを始動しせしめ、急に飛び出すようにして該自動車を発車させ、同食堂前の前路を西方、同市島見町方面に向つて運転し始めたのであるが、走り出したかと思うとアツと言う間もない位に、同食堂の西方約九十米の地点である同市太郎代百九十九番地附近の緩い左折カーブを曲らないでその侭直進し、道路外右側の砂地に突つ込み、折柄同所を歩行中の信田鉄二に車体右前部を衝突させ、

四 右衝突直後車輪が砂地にめり込んで自動車が停車するや、事故の発生を知つて下車した妻幸子に続いて自らも下車し、朧げ乍らも自己の運転する自動車によつて人身事故を惹起したことを覚知したのであるが、それでもなお相変らず酩酊状態を脱せず、同女が判示自動車に右被害者信田鉄二を乗せて医師の許に赴くのを妨げるような言動に出たため、近所の村山道雄の自動車に乗せられ、同女が右信田鉄二を伴つて赴いた同市島見町松田医院へ行つた後も、診察室に闖入して被害者の治療を妨げるような振舞をなし、医師に室外へ突き出され、

五 次いで、右村山道雄の自動車に乗つて同市島見町巡査派出所に赴き、巡査佐藤久市に対し前記人身事故を惹起させた旨を告げ、引き続き同所において午後八時三十分頃巡査末武春治から酒酔い、酒気帯びの鑑識を受けたところ、呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラムのアルコールを身体に保有する旨判定され、歩行能力は「ふらつく」、直立能力は「左右にゆれる」、手の状態は「震えている」状態であると認定された

ことが認められるのである。

これらの事実に徴すると、被告人は、本件自動車の運転を開始した当時既に、過度の無謀な飲酒のため、言語障害、運動失訓、感覚鈍麻、注意集中困難の著しい高度の酩酊状態に陥り、その結果事物の是非善悪を弁識し、その弁識に従つて行為する能力が著しく減弱した精神状態にあり、その状態にある侭これを運転中に本件事故を惹起したものであり、運転の当初から事故発生の決定的段階に至るまでを通じ一貫して心神耗弱の状態にあつたものと認定するのが相当である。

尤も、被告人は、前記末武巡査が同日午後九時から実施した実況見分に立ち会つて、事故発生当時の模様を自ら現場に就いて指示説明し、更に同月二十八日新潟東警察署において同巡査から取調を受け、本件事故発生の経過等を逐一具体的に供述しているが、前叙の如く、被告人は、本件自動車が信田鉄二に衝突後車輪が砂地にめり込んで停車するや、事故の発生を知つて下車した妻幸子に続いて自らも下車し、朧げ乍らも自己の運転する自動車によつて人身事故を惹起したことを覚知したことが認められ、その後島見町巡査派出所に赴いてから巡査佐藤久市より酔醒ましのため濃い茶を飲ませて貰つており(当審証人佐藤久市の供述参照)、右実況見分に立ち会うため妻幸子と共に本件事故現場に赴く途中同女から事故発生当時の模様につき説明を受けたことも認められなくはないから(当審証人中村幸子の供述参照)、時間の経過等のため既に酔いの醒めかかつて来ていた実況見分の際及びそれから二日後警察署において取調を受ける際に、被告人が係官に対し事故発生当時の模様等を逐一具体的に説明、供述することができたとしても何ら怪しむに足りず、右の事実は採つて以て叙上心神耗弱の認定を妨げる理由とはなし得ないものと認める。

なお、被告人が前叙の如く、短時間内に平素の酒量を遥かに越える過度の飲酒をなし、その結果高度の酩酊状態に陥りながら敢えて自動車を運転したことは、無謀軽卒の譏りを免がれないのであるが、被告人は公安委員会の自動車運転免許を有しないため、平素主に居村の農道において自動車の運転を練習していた者であり(被告人の司法巡査に対する供述調書参照)、工事現場への往復は公安委員会の運転免許を有する妻幸子の運転する自動車によつていたのみならず、殊に本件当日は、帰宅する際には同女が自動車で迎えに来て呉れることになつており、被告人はこれを念頭に置き安心して痛飲したものと認められるから(当審証人小熊キミ子並びに原審及び当審証人中村幸子の各供述参照)、被告人が飲酒酩酊のうえ自動車を運転すべき意図認識の下に飲酒を敢えてした結果本件犯行に及んだものとは断じ難く、本件犯行を酩酊により心神耗弱を来した者の行為としてその刑を減軽するにつき何ら妨げはないものと解する。

さすれば、原判決が、本件犯行当時被告人には未だ心神耗弱と認めるまでに著しい精神障碍があつたものとは認められないとして、弁護人のした心神耗弱の主張を排斥したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認を冒したものであり、原判決は量刑不当の控訴趣意に対する判断をするまでもなく、既にこの点において破棄を免がれない。

よつて、刑事訴訟法第三百八十二条、第三百九十七条第一項により原判決を破棄し、同法第四百条但書に則り当裁判所において次のとおり自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は、普通貨物自動車を保有するも、未だ公安委員会の運転免許を有せず、運転免許取得の目的を以て該自動車により運転練習をなし、自動車運転の業務に従事している者であるが、昭和四十年五月二十六日午後三時半頃から新潟市太郎代の飲食店たつみ食堂において近藤秀雄外三名と酒類を飲み始め、自己は酒量が左程多い方でなく、平素はビールならば三本前後で酔いを来す程度であるのに、午後五時頃までの短時間内に、平素の酒量を遥かに越えるビール数本及びウイスキー角瓶約二本を立て続けに痛飲し、その結果今までにない程酩酊し、呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、右アルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれがある状態になつたばかりでなく、過度の無謀な飲酒のため、言語障碍、運動失調、感覚鈍麻、注意集中困難の著しい高度の酩酊状態に陥つたのであるから、斯る状態の下において自動車の運転を開始すれば、前方及び左右の注視ができないのは勿論のこと、ハンドルを確実に操作することもできないため不測の事故を惹起するおそれがあることに思いを致し、そもそも自動車の運転を思い止まるべき業務上の注意義務があるに拘らず、該義務に違反し、且つ公安委員会の運転免許なくして、午後五時少し過ぎ頃妻幸子が被告人を迎えるため運転して来て前記たつみ食堂前の道路に駐車させてあつた前記自動車の運転者席に座り込み、同食堂前の道路を同市島見町方面に向つてその運転を開始したため、同食堂の西方約九十米の地点である同市太郎代百九十九番地附近の緩い左折カーブに差しかかつた際道路左側の電柱に衝突しそうになり、衝突を回避するための確実なハンドル操作を行うことができないまま直進して道路外右側の砂地に突つ込み、折柄同所を歩行中の信田鉄二(当時二十三歳)を約三米の至近距離に発見しても何らの措置を執ることもできず、同人に車体右前部を衝突させ、因つて同人に対し全治まで約二個月を要する顔面及び右下腿挫創並びに外傷性右関節内血腫の傷害を負わせたものであつて、被告人は当時酩酊により心神耗弱の状態にあつたものである。

(坂間 栗田 近藤)

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